

海峡の門
1910年、宇野と高松を結ぶ連絡船が就航しました。78年後の1988年4月10日、児島から瀬戸大橋が開通。四国への玄関口は、半島の東から西へ移りました。
映像:「こじま瀬戸大橋」編より/写真:宇野港(提供:岡山県玉野市)
岡山県の南、瀬戸内海に突き出た児島半島。『古事記』の国生みで生まれた「吉備児島」は、江戸時代の初めごろ、干拓によって本州と陸続きになりました。
西に倉敷市児島、東に玉野市。
海とともに生きてきた二つのまちを案内します。






1910年、宇野と高松を結ぶ連絡船が就航しました。78年後の1988年4月10日、児島から瀬戸大橋が開通。四国への玄関口は、半島の東から西へ移りました。
映像:「こじま瀬戸大橋」編より/写真:宇野港(提供:岡山県玉野市)
1829年、野﨑武左衛門が児島に塩田を開き、1841年には玉野の東野﨑浜へ広げました。塩づくりは、いまも同じ土地で続いています。
映像:「こじま風景」編より(旧野﨑家住宅、旧野崎浜灯明台、瀬戸内の夕日)

綿から始まった児島の繊維は、足袋、学生服、そしてジーンズへ。1965年にジーンズづくりが始まった児島は、「国産ジーンズ発祥の地」といわれます。味野商店街の児島ジーンズストリートには、ジーンズの店が約40軒並びます。
写真:児島ジーンズストリート/映像:「こじまものづくり」編より
1917年、日比で船づくりが始まりました。玉野では100年以上、船がつくられてきました。いまも艦艇が生まれる港です。
映像:「こじま瀬戸大橋」編より


1934年、瀬戸内海は雲仙・霧島とともに、日本で最初の国立公園になりました。鷲羽山は国の名勝で日本の夕陽百選、渋川海岸は約1km続く白砂青松の浜。児島と玉野の境には、奇岩の王子が岳がそびえます。
写真:王子が岳、渋川海岸(提供:岡山県玉野市)

宇野港から直島までは旅客船で約15分、フェリーで約20分。港では、漂流物や不用品でつくられた「宇野のチヌ」が迎えてくれます。次の瀬戸内国際芸術祭は2028年です。
宇野のチヌ © 淀川テクニック
速い潮にもまれて育つ真ダコ。「おいしくない時期は3日しかない」と言われます。晩秋の下津井漁港では、タコを干す風景が見られます。
焼き穴子の焼きめしに温泉卵をのせた、玉野のご当地グルメ。みなとオアシスSea級グルメ全国大会の初代グランプリです。
時刻・料金は各公式サイトでご確認ください。背景:「こじま瀬戸大橋」編より